「儀礼的無関心」 はエレベーターだけでなく、ネット社会にも及ぶのか?

心理学

こんにちは、幸です。

皆さんは、エレベーターに乗り合わせた
初対面の人と会話することってありますか?

ほぼ、ないですよね?

気まずいから携帯をいじったり、
階数表示のデジタル版を無駄に眺めたり、
という人がほとんどではないでしょうか?

 

東京のような大都市で生活すると、
日々の生活で往き交う人々は数多います。

今回のコロナ禍で、感染拡大の速さや外出自粛後の効果で、
よりそれを感じられましたね。

東京23区の昼間人口は、なんと1592万人以上にもなります…!!

(出典:東京都庁 平成27年10月時点)

これでは、1日のうち出会う人全員に気を使っていたら
ヘトヘトになってしまいます。

よく行くスーパーやコンビニの店員さんの顔や名前を
誰1人として覚えていないという人も少なくないと思います。

1. 大都市の過剰負荷環境

アメリカの心理学者スタンレー・ミルグラムは、
情報が多すぎて処理しきれないような状況を過剰負荷環境と呼んでいます。

過剰負荷環境下では、膨大な情報の中から
必要なものだけ取り入れ、他は無視する
といういう行動を取るようになります。

ですから、大都市に住む人は
自分と関係ないコミュニケーションを最低限に抑え、
結果的に冷たい印象を相手に与えてしまう傾向にあるようです。

2. 儀礼的無関心

先ほど、エレベーターやスーパー・コンビニの例を出しましたが
人がいるのに視線を逸らすために空(くう)を見るような行動は
カナダの社会学者アーヴィング・ゴッフマンが、
儀礼的無関心=Civil Inattention」と名づけています。

親しくない関係の人たちとの不要な関わりを排除するため
あえて儀礼的にふるまい、無関心を装うというものです。

全く知らない人から見つめられると何だか不快…
急に隣の人に親しく話しかけられると警戒してしまう…

こう感じるのは、大都市では自然なことです。

3. 過剰負荷環境下の順応

心理学者スタンレー・ミルグラムによると、
過剰負荷環境にいる人は以下のような兆候を見せるそうです。

①短時間処理
他人に伝える情報を最小限に抑える。
最小限の情報だけを伝え、短時間で処理し、
相手との接触を極力避ける。

②情報の排除
重要でない情報は無視し、都合の良い情報は取り入れる。

③責任回避
問題が起きても他人のせいにする、他力本願になる。

バイスタンダー・エフェクト (傍観者効果) というものがあって
誰かがトラブルに合っていても見て見ぬふりをすることもあります。

④他者の利用
他人との個人的な接触はできるだけ少なくし、
自分から誰かに連絡を取るようなことはしない。

問題解決に必要なコミュニケーションの際に、
自分でなく他人を通して連絡を取ろうとする。

こうしたことから、過剰負荷環境下にいる都会人は
冷たい・人情がないと感じる人が多いそうです。

4. 傍観者数により救助率は変化するか?

傍観者数により救助率は変化するか調べた実験では、
傍観者が少ない時ほど、人は救助活動をする。
という結果が出たそうです。

つまり、傍観者が大人数だと、
「自分が助けなくても、誰かが助けるだろう」という
責任の分散が起こる事が分かったのです。

震災などの状況で都会にも助け合いが生まれたのは、
皆が被災者であり、当事者という感覚が生まれていたため、
傍観者効果は生まれなかったのではないでしょうか。

5. 無関心は人口過密度に比例する


人口過密度が大きくなればなるほど、
行き交う人々を冷たく感じやすくなるようです。

離島出身の人達は、
「本土の人達は冷たい。島がいい。」と言う。

都会に行った地方の人達は、
「東京の人達は冷たい。鹿児島がいい。」と言う。

ブラジルに来た日本の都会の人達は、
「日本人は冷たい。ブラジルがいい。」と言う。

でも、サンパウロに来た、リオデジャネイロの人達は、
「サンパウロの人は冷たい、リオがいい。」と言う。

結局、人情がないと感じてしまうような環境というのは
人口が集中し過ぎた弊害なのではないでしょうか。

東京の主要駅は特に、人だけでなく、
広告など五感を通じて入ってくる情報が多すぎます。

私がサンパウロに住んでいた頃、
野外広告の規制があったので
駅や街中は歩いてもノーストレスでした。

東京だと最近ではタクシーにテレビが設置されてて
広告を強制的に見させられる設計環境にウンザリします。

タクシーのると、まず1番最初に画面OFFします。

6. 儀礼的無関心はネット社会にも?


電車の中だったら、
うるさい人だな〜・変な人だな〜で済むことも、

今のネット社会だと、
過激な個人攻撃に発展したり炎上したりすることが多いですよね。

リアルの匿名には無関心でいられるのに、
ネットの匿名の言葉にはデリケートなのが今の風潮。

けれど今後は、
「儀礼的無関心」がネット社会でも起こり得ると私は考えています。

今回、テラスハウスの出演者の1人、
木村花さんが自殺されたのは本当に残念なことでした。

炎上によって心に傷を負ってしまうは少なくありません。

亡くなった人への祝杯がとか、
話題の人〜〜の兄です嘘ついたりとか、
Youtubeに視聴回数を稼ぐ目的で心ない投稿する人

どういう神経しているのか理解不能です。

これに対して、正義感に溢れたオンライン自衛官が多いから
こうした投稿は止まないのだと思います。

反応がなく皆が無関心でいれば、
こうした炎上目的のくだらないコンテンツは生まれないはずなんです。

わざわざ反応して視聴するだけでなく、
コメントやRTして騒ぎ立てる第二次炎上便乗者が多いから、
調子に乗るわけですよね。

デジタルネイティブ世代が成人する頃には、
ネットでの「うるさい人・頭おかしい人」に
いちいち時間と精神をすり減らすことはなくなっていくのはないでしょうか。

ネット社会での儀礼的無関心も、
あと10年くらいしたらおこるのではないかな。

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